Ⅴ 人権裁判事例から 10 ラグビー部員自殺事件裁判の画期的和解
大塚 武一(弁護士・大塚法律事務所)
2002年3月、群馬県高崎市にある東京農業大学第二高等学校(以下、「農大二高」という)の2年生でラグビー部員だった金沢昌輝君は、長時間の練習と監督らの厳しい指導による身体的・精神的苦痛でこれまでも過呼吸を起こしていましたが、合宿初日のこの日も自宅で過呼吸を発症、しかし合宿参加を強要され、直後に自殺しました。その後の学校側の誠意のなさに、両親は1年後、告訴に踏み切ったのです。
そして2005年9月1日、第14回裁判で裁判長による職権和解が成立し、
- メモリアルを設置する(農大二高ラグビー場のそばに、和解のとおり設置された)
- 部員の健康や安全に配慮したラグビー指導を行う
- 金沢君の遺族に弔慰金500万円を支払う(和解のとおり支払われた)
といったことを農大二高側が認めました。これは実質的な原告の勝訴で、松本事件や赤石事件など教育裁判の原告敗訴が相次ぐなか、画期的なことでした。
メモリアル(裏面に金沢昌輝君の名が、前面にも「輝」の字が入る)を設置させ、弔慰金を支払わせただけでも原告の勝利ですが、この和解が何よりも画期的なのは、ラグビー指導に問題があったことを学校側が実質的に認め、その具体的な改善を6項目の文書で確約したことです。健康管理には8項目にわたる「指針」も付きました。暴力事件など高校の運動部活動が頻繁に問題になる現在の日本で、この和解の「遵守事項」は部活動のあるべき姿を提示したと言っても過言ではありません。
金沢君の遺族はこの職権和解に感謝する一方、農大二高側に反省の気持ちがあまり感じられないと不満も洩らしています。学校側は遺族に対して正式に謝罪し、和解の内容をしっかりと守ってゆくべきでしょう。和解条項は次のとおりです。
1(メモリアルの設置等)
- 被告学校法人東京農業大学(以下「被告学校法人」という)は、東京農業大学第二高等学校の敷地内に、次のとおりのメモリアル1基を設置することとする。
形状 石碑(高さ約0.8メートル、横約1メートル、奥行き約0.2メートル)
素材 材質・みかげ石、石名・万年青、色・深い緑
完成期日 平成17年12月末日まで
前面記載内容 「君よ 輝いて」「one for all / all for one」
裏面記載内容 「東京農業大学第二高等学校のスポーツを愛し、本校ラグビー部に在籍した金澤昌輝君や、物故した仲間を慰霊するとともに、本校の更なる飛躍を祈念し、同君の出来事を契機として、このメモリアルを建立する。/平成17年9月1日/東京農業大学第二高等学校」
[石碑は別紙で図示されているが、別紙は省略] - (1)のメモリアルの設置場所の決定及び今後の移転等については、原告らの要望に配慮しつつ、被告学校法人においてこれを行うこととする。
- 原告らは、被告学校法人に対し、被告らが将来メモリアルを移転する場合の新規の設置位置について、東京農業大学第二高等学校の敷地内であること、同ラグビー場を見渡せる場所であること、通行の妨げにならない場所であることを要望する。
- (1)のメモリアルの建立及び維持管理の費用は、全て被告学校法人の負担とする。
2(ラグビー指導に当たっての遵守事項等)
- 被告らは、部活動が教育活動の一環であることを踏まえ、未成年者であるラグビ
ー部員各自の人権を尊重したラグビー指導を今後とも行うものとする。 - 被告らは、ラグビー指導に当たり、ラグビー部員に体罰や差別的な取扱いをしないことを確約する。
- 被告らは、日ごろからラグビー部員の健康面、安全面の管理に留意した指導を心掛け、ラグビー部員、保護者との連絡を密に取り合うよう努めることとする。
- 被告らは、別紙6のとおりの健康管理の指針をラグビー部員に周知徹底するとともに、保護者にも毎年定期的に前記指針を明らかにして周知するものとする。
- 被告学校法人は、その職員である東京農業大学第二高等学校ラグビー部の指導スタッフ(顧問)が(1)ないし(4)を遵守し、適切な部活動運営を続けるよう管理することを確約する。
- 被告らは、スポーツ推薦により東京農業大学第二高等学校に入学した生徒については、推薦対象となった部を辞めても、このことにより、同高校を退学しなければならないものではないことを認める。
3(弔慰金の支払い)
- 被告学校法人は、原告らに対し、金沢昌輝君死亡に対する弔慰金として、金500万円の支払い義務があることを認める。
- [弔慰金の銀行振込先なので省略]
- 原告らは、その余の請求を放棄する。
- 原告ら及び被告らは、原告らと被告らとの間には、本和解条項に定めるほか、本件に関し、何らの債権債務がないことを相互に確認する。
- 訴訟費用は、各自の負担とする。
(別紙6)
ラグビー部健康管理の指針
- 農大二高ラグビー部は、部員各自の人権を尊重し、部員が意欲を持って臨める指導に心がける。
- 農大二高ラグビー部は、部員各自に対して、常に平等に接する。
- 農大二高ラグビー部は、部員に個人的スキルや試合でのプレーに対し、具体的に指摘し、理解認識させる指導に努める。
- 農大二高ラグビー部は、日々の練習メニューについて、練習開始の事前に練習内容とその目的を部員全員に対し周知徹底し、部員の理解を得る。
- 農大二高ラグビー部は、部員が体調不良を申し出て来た場合は、速やかに養護教諭に相談させ、部活動への参加の有無、もしくは参加の場合は、出来る内容については、自己の判断を尊重する。
- 農大二高ラグビー部は、部員が試合又は練習中に負傷した場合は、速やかに養護教諭に連絡を取り、学校指定医に診察を受けさせるとともに、父母に連絡を取る。
- 農大二高ラグビー部は、保健部で統計を取りまとめた、部員の疾病やその他の負傷についての統計内容について職員会議に報告し、対策を検討する。
- 農大二高ラグビー部は、今後も常に正しい教育活動の一環としての、部活動の指導のあり方について研究し、部員、OB会や保護者会はもちろんの事、これから入学してくる生徒とその父母の期待に応えられるよう努める。
東京農業大学第二高等学校/ラグビー部 顧問