パートナー通信 No.55

いじめ防止対策推進法について村山 裕(弁護士)

  DCI日本の機関誌『子どもの権利モニター』117号(2013年8月)から許可を得て、村山 裕弁護士の論文を以下に転載いたします。
 今年の9月から「いじめ防止対策推進法」(以下「推進法」)が施行されました。「いじめ」 が原因の自殺という悲しい現実に、群馬の私たちも直面してきました。
 県内の学校現場では、毎月のアンケートなどが実施され子どもたちの生活の様子を把握し ようとする取り組みが進められていますが、「推進法」の施行にともない学校現場に何が求め られて来るのでしょうか。保護者・市民の立場からこれをどう捉えていたらよいのでしょう か。なによりも子どもたちを真ん中に置いて考えてゆきたいと思います。

 2013年6月21日、いじめ防止対策推進法(以下「推進法」)が成立し、同月28日に公布され3ヶ月後の9月から施行される。この法律は、2012年夏に前年に起きた大津市の中学生のいじめ自殺事件報道で社会的関心を集め、政治課題に位置づけられる中で、政府提案ではなく議員立法として与野党の調整を経て成立した。いじめ問題は四半世紀以上に渡って子どもたちを苦しめ続けてきており、これまでの対処は成功しているとは言い難い状況が続いていた。そうであればこそ、子どもたちを含めた国民的な議論が必要だった筈だ。それでも成立した今回の法律をどう捉えればよいのか考えてみたい。

いじめ防止対策推進法の概要

 推進法は、現在文科省が用いてきたと同内容の「いじめ」定義を定め(2条1項)、「いじめ」が全ての子どもに関する問題で、安心して学習などに取り組むことが出来るよう、学校の内外でいじめが行われなくなるようにし、すべての子どもが「いじめを行わず、…いじめを認識しながらこれを放置しないようにする」こと等がいじめ防止対策の基本理念(3条)だとし、ここではその是非は措くが子どもを名宛人に「いじめを行ってはならない」と禁止した(4条)。国、地方公共団体、学校の設置者、学校及び学校の教職員に、上記基本理念にのっとっていじめ防止対策に取り組む責務を定め(5~8条)、特に保護者には「子の教育に第一義的責任を有するもの」として、①その保護する子がいじめをしないよう「規範意識を養うための指導…を行うよう努め」、②その保護する子がいじめられた場合は「適切に…いじめから保護」し、③国・地方公共団体・学校の設置者・学校が「講ずるいじめ防止のための措置に協力するよう努める」との特別の義務を課した(9条1~3項)。国は「いじめ防止基本方針」を、地方公共団体は「地方いじめ防止基本方針」を定め、学校はこれらを参酌して「学校いじめ防止基本方針」(13条)を定め、いじめ防止対策組織を置く(22条)とされる。学校が講ずべき基本的施策の第一に「道徳教育等の充実」が義務づけられ(15条1項)、併せていじめ防止に資する「児童等が自主的に行うもの」への支援も挙げられる(同条2項)。そして、いじめを受けた子とその保護者への支援、いじめを行った子への指導、その保護者には助言(23条)とともに、「適切に」懲戒を加え(25条)、出席停止等必要な措置を講ずる(26条)とし、警察への通報義務(23条6項)も規定する。そして、いじめにより重大事態が生じたときは、学校ないし設置者の下に組織を設けて調査を行い(28条)、公立学校の場合は、報告を受けた地方公共団体の長は必要な場合は再調査をして必要な措置を講ずるとする(30条)。

予想される効果と課題

 いじめを、成長発達に関わるすべての子どもの尊厳を脅かすものとして法律で位置づけ、これまでと同じことの繰り返しでは足りないことが広く意識されることは意味がある。
 しかし、その手法が、まず「道徳教育の充実」であり、いじめた子への指導・懲戒・出席停止・警察通報として、支援・援助の視点をもたないとすれば、従来と同じことを繰り返してしまうおそれが強く、推進法を制定した意味も失われてしまう。
 かつて教育再生会議第一次報告が「毅然とした指導」を求めたのを受けた文科省の2007年2月5日通知(「いじめ・校内暴力に出席停止をためらわない」とした)が、ゼロ・トレランスの段階的指導を促した結果、校内暴力への警察対応が増加し、「いじめ」は潜在化し、子どもたちを苦しめてきた。頭書の大津市の事件の中学校は文科省の「道徳教育」推進校の指定を受けていたが、いじめの防止に結びつかなかった。
いじめは、子どもたちが成長過程で人間関係のつくり方を形成する中での発達課題としてあらわれたり、子ども集団の病理の中であらわれ、子どもを取り巻く家庭・学校・地域等の社会環境の中で蓄積されたストレスの影響があることも多い。いじめの克服には、いじめられた子への支援が必要であるとともに、いじめた子への支援も不可欠である。学校現場では、この視点からこれまでも、子どもたち自身の自発的な力をエンパワーしながら問題を克服する取組がなされていた。推進法のいじめ防止基本方針が、国連子どもの権利委員会第3回総括所見71項を踏まえ、このような現場の取組を制約しない形で策定され、運用されていくことが望まれる。また、保護者の責任や義務も、子どもの権利条約18条の趣旨を踏まえ、家庭教育の自主性と子どもの最善の利益確保を阻害しない配慮が求められる。そして、いじめ防止対策のために学校等に設置される組織には、第三者性をもった専門家を受け入れ、透明性を確保して関係者の信頼を取り戻す必要がある。こうして、制定過程で足りなかった国民的議論を補い、いじめ定義から外れた問題も含め、子どもの権利条約を子どものあらゆる生活環境の場で実現していくことが肝要である。

世話人会だより

  • ◆最高裁「非嫡出子の相続分違憲判決」について、大塚武一弁護士に解説をお願いしました。ご多忙のなかご執筆をありがとうございました。
  • ◆『子どものけんりカルタ』ニューバージョンの原稿がまとまりました。11月初旬の仕上がりをめざして取り組み中です。
  • ◆11月3日(日)の「足利ッ子わいわいフェスタ」(足利市民プラザ)に『カルタ』を持って参加します。
  • ◆いつものように、ご感想・ご意見をお寄せ下さい。

inserted by FC2 system