パートナー通信 No.56
リーフレット 『わかりやすく言いかえた子どもの権利条約』の作成に取り組んで
大 浦 暁 生
第2条 1 締約国は、その管轄の下にある児童に対し、児童又はその父母若しくは法定保護者の人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、種族的若しくは社会的出身、財産、心身障害、出生又は他の地位にかかわらず、いかなる差別もなしにこの条約の定める権利を尊重し、及び確保する。
2 締約国は、児童がその父母、法定保護者又は家族の構成員の地位、活動、表明した意見又は信念によるあらゆる形態の差別又は処罰から保護されることを確保するためのすべての適当な措置をとる。
子どもの権利条約第2条の日本語公式文言です。この条約の原本をなす英語など6つの正式言語に日本語は入っていませんので、日本政府が訳しました。
それにしても、なんと読みにくい悪文でしょう。「又は」「若しくは」「及び」といった固い言葉がいまは使わない漢字を使って多用され、言葉のつながりもわかりにくい。なによりも、英語のchildを「子ども」でなく「児童」と訳しているところに、子ども自身の幸せを育むよりも行政の立場で上から子どもを管理する姿勢が感じられます。条約の公式名称も、「児童の権利に関する条約」なのです。
また、内容解釈や表現の点で政府訳には疑問の箇所も多く、国際教育法研究会では独自の訳を作りました。それによると、第2条は次のようになります。
第2条(差別の禁止)
1 締約国は、その管轄内にある子ども一人一人に対して、子どもまたは親もしくは法定保護者の人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、民族的もし くは社会的出身、財産、障害、出生またはその他の地位にかかわらず、いかなる種類の差別もなしに、この条約に掲げる権利を尊重しかつ確保する。
2 締約国は、子どもが、親、法定保護者または家族構成員の地位、活動、表明した意見または信条を根拠とするあらゆる形態の差別または処罰からも保護されることを確保するためにあらゆる適当な措置をとる。
なじみのない漢字の使い方が消え、条約原本にはない見出し語(「差別の禁止」)が頭につきました。これで少しは口当たりがよくなりましたが、基本的な読みにくさ、わかりにくさはほとんど変わりません。おそらく、条約の本文そのものが本質的に難解なものを含んでいるのでしょう。ここは思いきった発想の転換が必要だ。あくまでも子どもの目線に立ち、条約の文章を大胆に書きかえて子どもにわかるようにできないものか・・・。
そういう思いをこめて群馬子どもの権利委員会が作ったのが、1996年に出した条約書きかえ版の初版であり、2001年の改訂版でした。改訂版を見ましょう。
あなたが、男の子でも・女の子でも、体が不自由でも・そうでなくても、勉強ができても・できなくても、仲間外れにされたり、いじめられたりしません。どんなわけがあろうとも差別されません。あなたが差別されないように、あなたも人を差別しません。(2条)
画期的なのは、子どもに直接語りかける形で条文を書きかえていることです。これで子どもには条約がぐっと身近なものとなるでしょう。性別や障害の有無なども抽象的な言葉でなく、たとえば性別なら「男の子でも・女の子でも」と具体的に言いかえて、わかりやすくしています。漢字にルビをふりましたが、それも子ども目線の表れなのです。
しかし、子どもに目が行きすぎて、条文の意図がはずれたり、条文にないことが書かれたりしています。第2条の意味は、すべての子どもに差別することなくこの条約の権利を保障せよということですが、書きかえ改訂版はその点がすこしずれて、子ども同士のいじめを禁じるようなニュアンスさえ出てきました。第2条は権力や大人の社会が子どもを差別して権利を制限することを禁じているのです。
日本ユニセフ協会も「抄訳」の形で子どもの権利条約をやさしく言いかえたものを作っていますが、条約にある権利がすべての子どもに平等に保障されることが第2条の精神だと言います。ユニセフの「抄訳」にも各条の頭に見出し語がついています。
第2条 差別の禁止
すべての子どもは、みんな平等にこの条約にある権利をもっています。子どもは、国のちがいや、男か女か、どのようなことばを使うか、どんな宗教を信じているか、どんな意見をもっているか、心やからだに障害があるかないか、お金持ちであるかないか、などによって差別されません。
2001年初夏の改訂版発行から10年半をへて2011年11月に始まった今回の作業は、改訂版の再改訂を基本とし、改訂版をできるだけ生かすようにしました。
子どもに直接「あなた」と呼びかけて権利を自分のものだと身近に感じるようにし、一般的な「子ども」を使うのは刑務所入所や軍隊加入など通常は自らの体験とかけ離れている場合や、この条約で言う子どもの定義など「子ども」を使うのが適切な場合に限りました。また、条約を項目で分け、その項目が条約の第何条に当たるかを末尾に括弧で示しました。漢字にルビもふりました。いずれも改訂版を受けついだものです。
しかし、項目の内容が末尾に示した条約の条項の内容とずれている場合は、子どもの目線を重んじながらも合わせるように書きかえる努力をしました。また、国際教育法研究会訳やユニセフの「抄訳」にある見出し語は、独自のものを各項目につけることにしました。こうしてできた再改訂版の条約第2条に相当する部分は次のとおりです。
だれも差別されない
4 あなたがどこのどのような生まれでも、男の子でも女の子でも、からだが不自由でもそうでなくても、どんな考えを持っていても、仲間外れにされたり、いじめられたりしてはなりません。いっさいの差別なく、この条約の権利は保障されます。(2条)
改訂版にあった「勉強ができても・できなくても」を消したのは、条約の第2条が能力差を事例としてあげていませんし、子どもに学習能力のことをあらためて意識させたくなかったからです。その代わり、「どこのどのような生まれでも」と財産や身分に触れ、「どんな考えを持っていても」と意見や信条の問題に言及しました。また、英語の正文では「~すべきものとする」という強い意味合いの助動詞shallが使われていることを考慮して、「~してはなりません」という禁止の意味を明確にしました。
さまざまな資料に当たりながら毎月の世話人会で論議を重ね、2年をへてようやく完成した今回の再改訂版は、新版に等しいものとなっています。35あった項目は40に拡大され、第1項には「なぜ子どもの権利条約か」の見出しで条約の「前文」の要約が新たに入りました。第2項と第3項は国の広報義務や国連からの勧告など条約の扱いに関する事項で、第1条の「子どもの定義」は最後の第40項に回りましたが、第4項以後は条約の第2条以下に沿いながら、子どもの権利条約をわかりやすく言いかえています。
世話人会の討議は子どもの権利条約の学び直しでした。子どもの権利とは何かをあらためて考えました。「障害」の害の字はおかしいと、「障がい」にしたりしました。「子どもの意見表明権」の「意見」は考えや思いや願いのことだと学習していましたので、そのように改めもしました。でも、論議は徹底的に行いましたが、まだまだ改善の余地はあるでしょう。事務局への率直なご意見をお待ちしています。