パートナー通信 No.73

2025年3月6日

シリーズ「保育園は今―②」深刻な保育士不足の現場より
~ 保育士がいなくて子どもを預かれない…
石原理恵子(つくし保育園園長)

はじめに

 これまで保育問題と言えば、待機児童の問題と言われましたが、現在は、「保育士不足と保育士の低処遇」もまた大きな社会問題になっています。

求人を出しても応募ゼロ

 この春、つくし保育園は定員超でスタートし、すでに途中入園の予約申し込みもあります。
 もちろん定員の120%までは入園可能なので希望者はみんな受け入れたいところですが、とにかく保育士が足りないのが今の保育園の現状です。
 保育士養成校の学生は、少しでも条件の良いところを選ぶため、給料が安く土・日に研修があったり、仕事の後に会議があったりするところは敬遠されるのか、応募がありません。
 受け入れた実習生が実習中に東京の保育園の採用試験を受けに行ってしまったり、地元で実習はしても働くのは田舎ではなく都会で、というありさまです。
 つくし保育園は埼玉との県境に位置し、車で30分程で深谷市や本庄市へ行けます。利根川を越えるだけで賃金が上がり、さらに東京の保育園は、群馬よりはるかにお給料が良いとのこと。若者が惹かれる気持ちもわかります。
 保育士の派遣は高額な時給を支払わなければならないため利用できず、ハローワークに求人を出してもなしのつぶて。高い金額で新聞広告を出してみても思うような結果にはなりませんでした。
 そんな中、やっと見つけた保育士は2日出勤したと思ったら来なくなってしまい、そのまま退職しました。この4月から若い保育士を一人採用しましたが、欠勤や遅刻など、この先どうなることやらといった状況です。
 また、もう一つ困っているのは、臨時職員の正規化問題です。
 つくし保育園では昨年度5名のフルタイムパート保育士がいました。年度替わりに全員に正規にならないかと声を掛けましたが希望したのは1名だけでした。なぜ正規職員になりたくないのか・・・やはり時間外の仕事が多いこと、給料の面ではボーナスを除いてさほど変わりがないのに責任が重くなるなど、正規で働くことのメリットが少ないのだということのようでした。
 このような状況からも、保育士の仕事は長時間労働で責任も重いのに低賃金であることがはっきりとわかります。

人手不足が引き起こす問題

 このように低処遇が引き起こしている保育士不足は、わが園では今まで縁のなかった待機児問題に繋がってきています。
 昨年の夏頃、ひとりの母親から電話がありました。入園を希望する電話でした。入園させたい子どもは、ダウン症でもうすぐ2歳になるが歩かないとのこと。そして母子家庭のため自分がしっかり仕事をしたいので近くの園に入園できるか当たったが断られてしまったため、手あたり次第いろんな園に問い合わせをしているということでした。
 私はその母親に「すぐにでも連れてきて」と言いたいのだけれど、保育士がいないので今すぐの入園は無理、ということを伝えました。母親は「そうですか・・・わかりました・・・」と沈んだ声で電話を切りました。その後、保育士は見つからず、その家庭とはそれきりになってしまい、どうしているのかと気がかりでなりません。
 その他にも昨年度は障害を持っている子どもの家庭から数件入園の問い合わせがありました。保育士加配のめどが立たず、いずれも入園には至りませんでした。
 現在つくし保育園には内部障害を持つ園児が在籍しています。病名は慢性特発性犠牲腸閉塞といい難病指定を受けている病気です。その他、巨大膀胱、小腸機能不全を併発しています。妊娠中より胎児の膀胱肥大ということで小児医療センターにて経過観察、出産後から治療が始まりました。保育園には満2歳になる年に入園しました。入園時には脇腹に、液剤を注入し便を流し出すための虫垂瘻があり、自発排尿のほかカテーテルによる導尿、投薬など看護師を配置しなければならなかったのですが、見つけることができず医療行為はご家族にお願いすることになりました。この春、入園から3年を迎えますが、この間、嘔吐や脱水症状による入退院を繰り返し、現在お腹には減圧のための虫垂瘻、一日の消化しきれない胃残物吸引のための胃瘻、高カロリー輸液注入のための中心静脈カテーテルが施されています。最近やっと体調が安定してきて楽しそうに庭を走る姿が見られ嬉しく思っています。
 保育園に入園してくる子どもで障害を抱えている子どもは、発達面の障害だけでなくこのように内部障害を抱えている子もいるということがあまり理解されていないように感じています。入園にあたりご家族は園に看護師を配置してほしいと願い、それがすぐには可能にならなければせめて訪問看護の制度がないものかと伊勢崎市に問い合わせられたそうですが、現在、市には小児の訪問看護はないとのことでした。
 この子どもは、ご家族の力をお借りして保育園での医療行為を行っていますが、それができない状況の家庭だったら、子どもはなかなか保育を受けることができなかったと思います。
 つくし保育園でも以前何人かの看護師が勤務しておりましたが、条件面での格差や保育を踏まえた看護の理解がむずかしいなど、長続きしませんでした。難しい病気を抱えるこの子が、これから友だちの中でいろいろなことを体験するには保育士、看護師など生活を支える大人が必要です。

 また、伊勢崎市には多くの外国人家庭が生活しています。つくし保育園にもブラジル、ペルー、フィリピン、ガーナ、パキスタンなどいろいろな国の子どもが在籍しています。それぞれの国によって生活習慣や文化、宗教などが違い、対応に苦慮することが多々あります。言葉がわからず思いが伝わらないまま生活する子、宗教上食べてはいけないものがあり、毎日友だちと同じものが食べられない子、そんな子どもたちにも十分な保育士がいれば、じっくりと丁寧に関わり、子どもの気持ちを大切にする時間が持てますがそれができず、子どもにも保育士にも気持ちのゆとりがありません。

 小さな町の小さな保育園でもこれだけいろいろな事情を抱えた子どもや家庭があり保育を必要としています。

人材育成が課題

 働いてくれる保育士がいない、採用しても思うように保育の仕事が伝わらないなどの悩みを抱えている園が実にたくさんあります。教材研究は時間外での仕事になったり、研修は土・日だったりすることが負担であると感じるのか、1・2年で辞めてしまう若い保育士がいます。そんなことでは保育の中身を十分に伝えることはできず、また自ら学んでいくことの大切や楽しさを感じることも難しいようです。少ない人材の中でどう育てていくかも大きな課題だと思います。

処遇改善の課題

 質のよい保育をしようとがんばっている園は、保育士配置基準よりも多くの保育士を雇い、保育をしています。国の補助は、保育士の配置基準分しか出ていないので一人分の賃金は薄まります。そうでなくても低賃金のところ、更に低い賃金で働いているのです。
 国の取り組みとして月額2%が給与に上乗せされましたが、この改善では保育士不足の解消にはなりません。インターネット上でもほとんどの保育士が国や自治体の保育士不足に対する政策は「ズレている」「効果がない」と書き込んでいます。
 また、賃金の問題だけでなく、保育士の仕事の専門性や責任、仕事量などがもっと社会に認識されることも必要だと思います。
 多くの子どもに質のよい保育が提供でき、子どもの権利が保障されるためにも、保育士の処遇改善、環境改善が必要であると思います。

(子どもたちの写真は報告とは関係ありません。)


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