パートナー通信 No.74
『新保育所保育指針(2018年4月1日施行) 』を懸念する
けやき保育園・國井富廣
はじめに
保育所保育指針(以下「保育指針」という)は、昭和40年に保育所保育のガイドラインとして制定されてから、平成2年、平成12年、平成20年の改定を経て、このたび10年ぶりの改定(以下「新保育指針」という)となります。特徴的なことは、平成20年の改定では、それまでの局長通知から厚生労働大臣による告示となりました。「このことは、保育所(園)の役割と機能が広く社会的に重要なものとして認められ、それ故の責任も大きくなったことの証でもあります。」(『H20年4月、保育所保育指針解説書/はじめに』より)
また、今のところガイドラインとしての性格が強く、保育の内容や実践に介入することはありませんが、ゆくゆくは、学習指導要領のように法的な意味合いが強められ、強制力を持ったものとしてわれわれ保育者に立ちはだかってくるのではないかという危惧を、私はもっています。そうなると、保育園独自の保育、地域や父母の願い、子どもの発達要求を保障しようとする保育実践を展開しにくくなってくるのかな、私たちの固有の権利である保育が奪われてしまうのではないかなと、警戒の念を強くしています。
その理由は、第1章の総則4.の(2)「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」として10の項目が設定され、それが「小学校就学時の具体的な姿」として「保育士が指導を行う際に考慮すべき」ものとして打ち出されていること、また「3歳以上児の保育に関するねらい及び内容」として「ウ 環境 (ウ)内容の取り扱い」の中で、「④文化や伝統に親しむ際には、正月や節句など我が国の伝統的な行事、国歌、唱歌、わらべうた…に親しんだり…」というくだりがあることなどです。
私はまだまだ勉強不足で申し訳ないですが、保育の草創期がいつなのかよくわかっていません。でもこれだけは言えると思います。それは、保育所は庶民の生活を支えるものとして、やむにやまれぬ状況の中で作られてきたということです。昭和の初期に拡大した社会矛盾を背景に、学校の教師たちが、貧困のために身売りされ学校から突如として消える児童、弁当を持参できない欠食児童、…。こうした中で託児所運動が開始されたというふうに理解しています。また、東京帝国大学セツルメントによる託児が、労働者の自主的な運営を目指したようです。そして、児童問題研究会が生まれ…。
こうして働く母親・父親の労働権を守り、生活を支えていく砦として保育の草創期から営々と営まれ、子どもの生活と発達する権利を保障するところとしても保育所は広がり発展してきたのです。
私たちは今こそ、この保育の原点の旗をいっそう高く掲げ、その豊かで確かな未来を展望して日々の営みを充実させていきたいと考えています。
指針の改定内容について
それでは、新保育指針の内容を具体的に見ていきたいと思います。そして、その問題点を探っていこうと思います。(力量不足で、ほんの一部分しか語れないことをご容赦ください。)
新保育所保育指針がどんな性格を持ったものか、また、そのねらいはどこにあるのかが、「その構成に」示されていると思います。従来のものと、新保育指針との章立てを比較してみると、次のようになっています。
従来の保育指針(2008年告示) | 新保育指針(2017年告示) |
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第1章 総則 1. 趣旨 2. 保育所の役割 3. 保育の原理 4. 保育所の社会的責任 | 第1章 総則 1. 保育所保育に関する基本原則 養護に関する基本的事項 2. 保育の計画及び評価 (5)評価を踏まえた計画の改善 4. 幼児教育を行う施設として共有すべき事項 (1) 育みたい資質・能力 (2) 幼児期の終わりまでに育ってほしい姿 |
第2章 子どもの発達 1. 乳幼児期の発達の特性 2. 発達過程 (1)おおむね6ヶ月未満 (2)おおむね6ヶ月から1歳3ヶ月未満 (3)おおむね1歳3ヶ月から2歳未満 (4)おおむね2歳 (5)おおむね3歳 (6)おおむね4歳 (7)おおむね5歳 (8)おおむね6歳 | 第2章 保育の内容 1. 乳児保育に関するねらい及び内容 2. 1歳以上3歳未満児の保育に関するねらい及び内容 3. 3歳以上児の保育に関するねらい及び内容 4. 保育の実施に関して留意すべき事項 |
第3章 保育の内容 1. 保育のねらい及び内容 2. 保育の実施上の配慮事項 | 第3章 健康及び安全 1. 子どもの健康支援 2. 食育の推進 3. 環境及び衛生管理並びに安全管理 4. 災害への備え |
第4章 保育の計画及び評価 1. 保育の計画 2. 保育の内容の自己評価 | 第4章 子育て支援 1. 保育所における子育て支援に関する基本的事項 2. 保育所を利用している保護者に対する子育て支援 3. 地域の保護者等に対する子育て支援 |
第5章 健康及び安全 子どもの健康支援 1. 環境及び衛生管理並びに安全管理 2. 食育の推進 3. 健康及び安全の実施体制等 | 第5章 職員の資質向上 1. 職員の資質向上に関する基本的事項 2. 施設長の責務 3. 職員の研修等 4. 研修の実施体制等 |
第6章 保護者に対する支援 1. 保育所における保護者に対する支援の基本 2. 保育所に入所している子どもの保護者への支援 3. 地域における子育て支援 | ![]() |
第7章 職員の資質向上 1. 職員の資質向上に関する基本的事項 2. 施設長の責務 3. 職員の研修等 |
Ⅰ.検討すべき問題
私が注意すべきこととして問題提起したいのは、小学校との円滑な接続を図ること等を目的に、(幼児教育を行う施設で)「育みたい資質・能力」と「育ってほしい姿」が明示されていることです。

このことについては、保育の現場でも「保育の目標がわかりやすくなった」と評価する向きもあります。一方、これらが到達目標に捉えられたり、チェックリストとして子どもや保育の評価に利用されたりする危惧の声も上がっています。私は、その危険性が高くなるような気がしてなりません。なぜなら、「育みたい資質・能力」や「育ってほしい姿」を共有することよりも、現実の子どもの姿を相互に伝え合うことや、互いの実践を交流し合いながら、保育内容・教育内容の接続(積み重ね)をこそ探っいくことこそが大事だと思うからです。新保育指針では、この視点が欠けているのです。また、カリキュラムの「自主編成権」の問題もあります。指針が保育・幼児教育の内容や計画に関する一つの基準となることは間違いありません。しかし、「保育過程」や「指導計画」を作成する責任と権利は、あくまで各保育所とそこで働く保育士にあるのです。その点もとても気になるところです。
紙面の都合上ここに列挙しませんが、「育ってほしい10の姿」は、「自己抑制」や「忍耐」する姿に著しく偏っていることです。場面や大人の指示に合わせて「自己を抑制し、コントロールする」ことばかりが強調されていて、幼児期らしい発達の姿とはかけ離れた中身になっています。本当かどうかわかりませんが、「自分の頭でしっかりと考え、納得して決める」子どもを育てるといいながら、重大な問題をはらんでいるのに、保育指針を審議した会議では、国歌・国旗の問題では「一切議論がなかった」という証言があるくらいです。
国民主権とは、私たち一人ひとりが、そして、子どもたちも同じく、新しい時代を作り出していく主人公だということです。幼児期の発達や現実の人間味豊かな子どもの姿から、私たちの保育は出発しなければなりません。
Ⅱ.人間を育てること=保育・教育が最も大切にしなければならないこと

★私は、それぞれの人が先天的にもっている人間としての本性を尊いものと感じ、大切にしたいと思っています。人間は法律や道徳の掟以前に、原始時代から、狩猟や採集して得た食料を、入手できなかった人(不運にも獲物がなかった人や、老病者や幼児にも)に分けてきたといいます。生きていくために必要なものを、理屈抜きに分けてきた行動は、人間の本性に基づくものだということですね。現在のように、貧しいのは自己責任というのは、本来の人間の感情ではないということです。
★自由を求めることは、人間の抑えることができない本性です。こんな話があります。障害のある中学部の子どもが、寒くなったときに、何時間もかけて靴下を履けるようになった。そこにかけた時間の意味は何でしょうか。自分のできることが一つ広がれば、その子にとってそれだけ自由が広がる。子どもが自由を一つでも多くもつようになることは、子どもの幸せにつながります。私たちが教育を受けるのは、自由を獲得するためです。
★「文法を獲得する能力を先天的に持っている。家庭環境によって語彙量に差があったとしても文法能力に差はない。」(言語学者:チョムスキーの発見)
人間はお互いの言語を理解しあう本性をもって生まれてきているということですね。
★そして、人間はお互いに対話をしたい、応答をしたい、対話を通して人間関係を増やしたい、という欲望をみんな持っているのです。生まれた瞬間から赤ちゃんは、応答を返してくれますよね。大人が話しかける、笑いかける、あやす、…。この応答性を遮断すること、話し合えないようにすることは、人間の本性に反している人権否定だということでしょう。ネグレクトは最大の人間(人権)否定だといわざるを得ません。
おわりに
学校(保育所)は、考える人間を育てるところでしょう。生徒たちが自主的な判断力を身につけるためには、まず、生徒が自分の価値に目覚めて自発的に行動し、考える経験をつむことが大切です。最初に規則があり、規則を守るように厳しく強制されると、罰を恐れて生徒たちは表面的には規則を守るかもしれません。しかし、その反動で隠れて規則違反をしたり、罰がないところでは、勝手気ままにふるまうことになるでしょう。よく考え納得して規則を守るためには、なぜそのルールが必要かを考え、自分でそのルールづくりに参加することが必要です。現に存在している社会のルールには、間違ったルールもあるでしょう。でも、それを改善していくのは、民主主義社会の市民の務めです。
【参考図書】 『保育白書2017』、『みんなのねがい№626』