パートナー通信 No.79

投稿 『福島のお母さん、いま、希望は見えますか?』(彩流社)の お母さんたちから学び合いましょう。
森 隆子

 会員の森 隆子さんからご意見が寄せられましたので掲載します。会員の皆さんからの感想、ご意見をお待ちしています。タイトルは編集部で付けました。(編集部)

 「子どもの権利条約」が国連で採択されてからこの11月で30年になります。条約は、子どもたちが自分たちに関わるすべての事柄について意見を表明する権利を定めています。
 採択30周年を前に、12カ国の子どもたちが条約に基づき「権利が侵害されている」と国連子どもの権利委員会に救済を申し立てました。世界の指導者が気候変動への対応を怠り、子どもの未来を奪っているとの申し立てをしたのは、国連気候行動サミットで演説したスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさん(16歳)ら16人です。条約ができて30年も経つのに、私たちの権利は守られていないのではないかという訴えです。

「全ての未来世代の目はあなたたちに注がれている。私たちを失望させる選択をすれば、決して許さない。あなたたちを逃さない。まさに今、ここに私たちは一線を引く。世界は目を覚ましつつある。変化が訪れようとしている」

という訴えは、大人である私自身へ向けられた怒りの声ともとれ、私自身、「しっかりしなくては」と目を覚まさせてくれた声でした。

 本日、私が群馬子どもの権利委員会に紹介し、できれば来年、群馬にこの本に関わる方がたをお招きしてお話を伺いたいと思う本があります。私自身に、トゥーンベリさんのように、この世界に生きていて怒りを持って生きていかねばならないと決意させてくれた本です。
 しかし、この著者は希望も指し示してくれています。本のタイトルは『福島のお母さん、いま、希望は見えますか?』(彩流社2019年3月11日初版第1刷)で、著者は棚澤明子さん。福島原発事故から8年。あの時、福島にいたお母さんたちが、いまどんな思いで、どう暮らしているのか。ご自身も2人の男の子の母である著者による9人のお母さんたちへのインタビュー集です。

 現在、国内世論として、「たいした事故ではなかった」「復興は進んでいる」「健康被害は因果関係なし」という方向にもっていこうと、国と福島県は、2020年までに避難者ゼロ達成をめざし、避難指示を次々と解除、福島安全安心キャンペーンを進めています。そのなかで、子どもの健康被害を心配する声すら上げることがはばかられる空気が広がっています。閉塞感に苦しむ避難者たちが、同じ母親として寄り添う著者に静かに心を開いてくれています。私自身、トゥーンベリさんのように、この事故を怒りを持って、当事者として解決せねばならないと固く決意させてくれた本でした。以下、内容を少し紹介します。

・・・福島では空間線量が下がり、日常を取り戻したように見える人々もたくさんいますが、福島第一原発は、相変らず大気中にも海中にも放射性物質を排出し続けています。原子力緊急事態宣言は発令されたまま、一般公衆の年間線量限度は1ミリシ-ベルトから20ミリシーベルトに引き上げられたままです。福島県の県民健康調査だけでも、小児甲状腺がんの患者数は少なくとも、272名だと判明しました(2018年12月)。それでも、国と福島県は「2020年までに避難者をゼロにする」という当初の計画通り、ほとんどの場所で、避難指示を解除し、2017年3月には、避難先の住宅無償提供の打ち切りを強行しました。賠償金もなく、住宅無償提供だけを命綱に暮らしてきた避難指示区域外からの避難者たちは、悲鳴を上げています。2017年5月には、母子避難中のひとりのお母さんが力尽きて自ら命を絶ちました。そのような現実をよそに、原発の再稼動は進んでいます。 ・・・

 本書では、以下のような手記も掲載されています。福島県の中通りで被災し、大学時代に、甲状腺がんの手術を受けた22歳の女性からのお手紙では、このように綴られています。

『現在、甲状腺の検査が県民の健康不安を煽るデメリットがあるという理由で、検査を縮小しようとしています。私は、その動きにとても不安を感じています。県は、検査が県民の不安を煽ると主張しておりますが、私自身不安を感じたことはなく、むしろ検査をして本当に自分の健康に問題がないか確認をして安心したいという気持ちのほうが強かったです。実際に、しっかり検査を受けに行ったことで、早期発見につながり、転移することなく、健康に過ごすことができています。発覚当初、私の腫瘍は、5ミリ未満と小さかったものの、気管に近く、転移してしまう患者さんもいるということを認識していただきたいです。また、手術するまでに1年の期間があったのですが、その期間に腫瘍が約5ミリから10ミリと大きくなっていました。もし私が検査を受けずに過ごしていたらと考えるととても怖いです。検査を受けに行ったからこそ、今の健康な自分がいると思っています。このことからも、検査を縮小したことで、多くの福島の子どもたちが、癌の存在に気付かず進行してしまい、後戻りできない状態となってしまうリスクがあります。県民を守る立場にある県が、そのリスクを把握せず、検査縮小を行い、県の子どもたちを蔑ろにしていることに対して、とても憤りを感じています。甲状腺の検査が、県民の不安を煽るデメリットがあるという考えを改め、福島の子どもたちの健康を守るために、検査をしっかりと行っていって欲しいです。』

 他にも、 『世の中は少しずつ復興に向かっているかもしれませんが、我が家にとって、復興は、いまのところ考えられません』 という、子どもが甲状腺がんと診断されたお母さんのメッセージなども紹介されています。

 2017年の国連でスピーチされた園田さんというお母さんの発言の一部を紹介します。

 『私たちは、日本政府に以下のように勧告します。

  1. 避難指示区域住民だけでなく、すべての被災者に甲状腺エコー検査以外にも尿検査、血液検査を含む総合的な健康診断を無料で提供し、検査結果を本人と共有すること。
  2. 低線量被曝による健康影響の国際的理解を促進するために、医療に関する統計をすべて公開すること。
  3. 食べ物、土壌、水についてセシウムだけでなく、プルトニウム、ストロンチウムを含む様々な放射性核種の検査を実施し、結果を公表すること。

 1万人以上の被災者が日本政府と東京電力の責任を明らかにするために訴訟を起しています。最小限の避難、最小限の補償、放射能は危なくない、という原発事故に対する日本政府の対応が世界の常識になってはなりません。  日本政府は、

  1. 1年間の最大被曝許容量を1ミリシーベルトに戻し、これを超える場合の避難を認め、支援すること。
  2. 原発事故の責任を認め、避難者や住民に対して、住宅支援、経済的支援、その他必要な支援を提供し続けること。』

 他にも、母親の一人、森松明希子さんは、こう語っています。

『「かわいそうだから助ける」のでなく、「基本的人権に基づけば、尊厳が守られ、保護、救済されるのは当然」なのだ。それは今回の原発事故被害に限らず、どんな災害でも誰が被災者になっても同じことだ』

と。
 今年の原水爆禁止世界大会国際会議で、福島大学教授の坂本 恵さんは、日本政府は非人道的な棄民政策を取っていると告発しています。
 「モニタリングポスト」に取り組むぐんま教育文化フォーラムや土壌測定に取り組むAnnakaひだまりマルシェのある群馬で、大きな力と闘って、みんなが繋がるために、棚澤さんたちから学ぶシンポジウムを開くことを、群馬子どもの権利委員会の会員の皆さんに呼びかけます。

 2019年10月6日

           

森 隆子
(社会福祉士。放課後デイービス児童指導員)

《編集部からの参考資料》
 今年3月5日に出された、国連子どもの権利委員会「日本政府報告に対する第4・5回最終所見」パラグラフ36(翻訳:子どもの権利条約市民・NGOの会 専門委員会)
 環境的健康
36.本委員会は、東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律、福島県民健康管理基金、および、被災した子どもの健康と生命に関する包括的支援プロジェクトの存在に留意する。本委員会は、しかしながら、持続可能な開発目標ターゲット3.9を想起し、以下のことを締約国に勧告する。
(a)避難指示区域における被曝が子どもに対するリスク要因に関して国際的に受け入れられた知見と矛盾がないことを再確認すること。
(b)帰還困難区域および居住制限区域からの避難者、特に子どもに対する、金銭的支援、住居の支援、医療支援およびその他の支援の提供を今後も継続すること。
(c)福島県での放射線によって影響を受けている子どもたちへの医療的おびその他のサービスの提供を強化すること。
(d)年間累積被曝線量が1ミリシーベルトを超える地域にいる子どもに対する包括的かつ長期的な健康診断を実施すること。
(e)すべての避難者および居住者、特に、子どものようにその権利を侵害されやすいグループによる、メンタル・ヘルスに関する施設、物資、および、サービスの利用可能性を確保すること。
(f)被曝のリスクおよび、子どもが被曝に対してより感受性が強いことについての正確な情報を、教科書および教材を通じて提供すると。
(g)達成可能な最高水準の身体的健康およびメンタル・ヘルスを享受するすべての者の権利に関する特別報告書による勧告を実施すること。


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