パートナー通信 No.93

2024年5月12日

若者世代の投票率を上げるために学校教員ができること
― 意見表明権の尊重と主権者教育 ― 増田 秀樹(公立中学校教諭)

1 はじめに

 2016年6月に改正公職選挙法が施行され、選挙権年齢が18歳に引き下げられてから、早8年が経とうとしている。
 選挙権年齢の引き下げに伴い、学校教育の現場においても主権者教育の重要性が叫ばれるようになり、選挙管理委員会等、各種関係機関と連携しながら積極的な取り組みがなされている。
 しかし、近年の国政選挙の投票率をみると、全体投票率と若者世代投票率(本稿では10~20代を若者世代と呼称する)の差が著しく開いていることが分かるi

 若者の政治参加を促し、政治に新たな流れを生むことをねらいとした選挙権年齢の引き下げであったが、若者の主体的な政治参加の実現にはほど遠い現実があるようだ。
 なぜ、若者世代は政治に対して興味をもたず、投票にも行かないのだろうか。

2 現在の主権者教育が抱える課題

 文部科学省iiによると、2022年度に高校3年に在籍する生徒に対して主権者教育を実施した学校は94.9%と、ほぼ全ての高等学校において何らかの主権者教育がなされている。因みに、2022年は参議院議員通常選挙が実施された年でもあったが、当該選挙を題材とした指導を実施した学校はそのうちの44.9%であった。
 また、2022年度に高校1年に在籍する生徒に対し主権者教育を実施した学校 は67.7%と、第3学年と比べると低い割合である。指導の内訳としても「公職選挙法や選挙の具体的な仕組みの理解を深める学習活動」が76.1%と、座学中心の指導となり、「模擬選挙、模擬請願、模擬議会といった実践的な学習活動」や「現実の政治的事象について考察を深める話合いや意見交換、議論」といった実践的な指導を実施した学校の割合は低かった。
 さらに、総務省iiiによると、2021年度に選挙管理委員会と連携して実施される出前授業を実施した学校数は高等学校が889校であるのに対し、小学校は698校、中学校は192校の実施にとどまっている。出前授業に付随して実施される模擬投票の内容も「架空の政党・候補者等を選ぶ形式」が最多であり(小学校50.7%、中学校80.2%)、現実の選挙に基づき、生徒自身が意見を表現する機会は多くない。
上記のことから、選挙権を獲得する18歳になるまで、学校教育において実践的な主権者教育が十分に施されることなく、選挙権の獲得と同時に実際の投票に臨まざるを得ない者が少なからず存在するという構造が明らかになってくる。
 学校教育において選挙の仕組みや手続きについての知識を得たとしても、実際にどの政党がどのような政策を掲げ、その政策を実現することと自分自身の生活がどのように関わっているのかを思考・判断・表現する経験に乏しい学生時代を過ごしていれば、実際の投票行動を起こさない(起こせない)というのも至極当然なことだ。若者世代の声に耳を傾け、“自分が声を上げることで政治に影響を与えられた”という成功体験をいかに与えられるか、指導者の腕が試されている。

3 私の実践報告(中学3年・社会科)

 前章で述べた課題を踏まえると、現在の主権者教育をより価値あるものにするための鍵は、ズバリ、若者世代の「意見表明権」の尊重である、と私は考えた。
そこで、政治に興味をもてない若者世代が自分の意見をもてるように支援し、“自分の声を政治に届けられた”という成功体験を与えることで、将来の投票行動を促すことをねらいとして取り組んだ私の指導実践事例を以下に報告したい。

3-1 国政政党を取り上げ模擬投票

 教科書を用いて、「民主主義の歴史」「多数決の原則と少数意見の尊重」「選挙の原則」「選挙制度」「政党政治」等、政治や選挙の知識を習得するための学習を行った上で、『私たちの拓く日本の未来』を参考にしつつ、実在する国政政党が掲げる政策をタブレット端末を用いて調べ、バタフライチャートを活用して政党ごとの立場をまとめる活動を行った。その後、館林市選挙管理委員会から拝借した選挙用備品を用いて模擬投票を実施し、投票の仕方を体験的に理解した。
 各政党が掲げる政策について調べる際には、何でもよいとすると際限がなくなってしまうため、自分が最も政治に求めることを1つに絞らせた上で、そのことに関連して各政党がどのような意見を掲げているのかをインターネットを活用して調べる時間を設け、自分自身と考えの最も近い政党を探すよう、指示した。なお、本実践の実施時期は国政選挙の選挙運動期間とは重ならず、過去の資料を活用することにもなったため、現在の政党の主張とは若干異なる場合があることに留意するよう、説明を加えた。
 さらに、調べた政策の内容を基に、各政党の意見を視覚的に比較できるよう、バタフライチャートにまとめる活動も行った。政党の立場を記録することについては、これまで経験のない生徒が大半で、難しいと感じる生徒が多かったが、クラスメイト同士で確認しながら微調整をする機会を設けたり、指導教員が個別に支援したりすることでより正確なものに近づけることができた。互いに確認し合う中で、「○○党はAのテーマに肯定的だけどBのテーマには否定的なんだね」「△△党はCのテーマに対して中立で、自分の意見に近い」等の会話も生まれ、各政党の立場を様々なテーマから多面的に捉えることができ、政党政治についての理解を深める好機にもなった。とても根気のいる作業ではあったが、授業終了時の振り返りにおいて、「自分が政治に求めることについて肯定的な意見をもつ政党があったから投票に行きたいと思えるようになった」「どの政党を応援したいかは、自分が最も政治に求めることに肯定的な政党を探すことでできると知った」といった記述もみられたことから、選挙を自分の意見と近い政党を応援する身近な行動であると生徒が捉え始めていることが感じられた。

▲ 生徒が作成したバタフライチャート

 生徒一人一人が自分自身と考えの最も近い政党を導き出すことができたところで、模擬投票に移る。チャート作りを通して、支持政党という意見を確実なものとした生徒は、それぞれが信頼できると判断した政党に対し、自信をもった表情で、責任ある一票を投じていた。
 実際の選挙用備品を初めて目にする生徒が学級の大半であったため、模擬投票は非常に新鮮な経験にもなったようだ。

3-2 投票率の向上策を市選管に提案

 教科書を用いて、「国政選挙における全体の投票率の低さ」「若者の投票率の低さ」「一票の格差」等、選挙が抱える課題にはどのようなものがあり、この課題が解消されないことでどのような問題が生じるのかについて理解するための学習を行った上で、投票率を向上させるために館林市・群馬県・日本国内・世界各国で実際に行われている取り組みについてタブレット端末を用いてグループごとに調べて、若者の投票率を向上させるためのアイデアとともにまとめた。アイデアをまとめ終えた後で、グループごとに学級全体の前で発表する場面も設けた。

▲ 生徒が提案したアイデア(一部抜粋)

 さらに、各グループが提案したアイデアについては、館林市役所ホームページから社会科係が授業中にメールにて館林市選挙管理委員会に提出し、後日回答が届くのを待つこととした。早速3日後に回答があったので、メールの文面を印刷して生徒に配布した。生徒は、自分たちの考えをこんなにも簡単に行政に届けられることへの驚きや、選挙管理委員会が中学生相手でも丁寧に回答してくれることへの感動を口々にしており、思っていた以上に好感触を得ることができた。
 実際に行政に自分達の意見を伝える体験を伴う学習指導を行うことは、“若者でも政治に影響を与えることができる”という成功体験を生徒に与える上で有効に働いたと考える。

4 むすびに

 前章の実践の前後に、「18歳になったら必ず選挙に行くか」という同じ問いを投げかけた結果を以下の表にまとめる。

 実践前に比べて「行く」を選択した生徒が12名増加した点には目を見張るものがあるが、それ以上に、「不明」を選択した生徒が0名となったことに指導の甲斐を感じる。選挙に「行く」または「行かない」のどちらか一方の判断を生徒自身が明確に下すことができたということは、選挙権をもつことを生徒一人一人が自分事として捉えられた結果である。
 もちろん、実践後に「行く」を選択した生徒であっても、選挙権を獲得した時点の家庭状況・社会的関係等の諸条件により、選挙に行けないことも十分に考えられるため、指導の結果について手放しで喜ぶことはできないだろう。だが、生徒が自分自身の頭を使って調べ、主体的に判断を下し、実際に存在する政党に模擬投票をしたという体験と、自分の意見を実際に行政に届けて大人を動かすことができたという自信が将来の投票意欲に結びつき、選挙に関わりたいという思いをより強く生徒にもたせることができた点において、生徒一人一人の「意見表明権」を尊重することに重きを置いた本稿の指導実践は、生徒の主権者意識を育む上で有効なものとなり得たといえよう。
 中学校3年生は、高等学校入学試験に向けて授業時間数の余裕もなく、忙しい指導展開となってしまったが、生徒の公民的資質の育成に向けてわずかながらでも効果を発揮するものとなってくれたら、教師冥利に1尽きる思いである。


i 総務省『国政選挙の年代別投票率の推移について』

ii 文部科学省『令和4年度主権者教育(政治的教養の教育)に関する実施状況調査の結果について』

iii 総務省『選挙管理委員会による主権者教育等に関する調査の結果』


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