パートナー通信 No.42
2010年度定期総会(5/22)特集<第2部:学習交流会>
“子どもたちのありのままの表現を「受け止める」つどい”
講演 『こはるで よかった』
講師:飯塚祥則先生(元・元総社小学校教諭)
定期総会「第2部学習交流会」には、飯塚先生が担任をされた学級のお母さんたち、別の小学校で読み聞かせなどをしているお母さんのグループをはじめ県内各地からおよそ30人のかたが参加されました。
飯塚先生は「群馬作文の会」のメンバーとして、まさに子どもたちとともに教師生活を続けられて来られました。子どもたちの作文を、そして時にはお父さんやお母さんからのお便りを学級通信や文集に載せて、それぞれの喜び、驚き、疑問、不安などを共有しながら、一人ひとりの子どもの育ちをみんなで応援しています。今回もたくさんの子どもたちが登場しましたが、紙面の関係で全員を紹介できません。お許しください。
本当の、本当の心を
「子どもの作文の中に宝物がある。教育が存在する」ということで、毎年こうやって文集を作ってきました。最近は朝起きて学校に行くまでに仕事(学級通信つくり)をしていました。子どもの作文、保護者のお便りが、本当に素晴らしくて、出さないよりも出せるほうが自分が楽だったんですね。今日もここに、いくつもの作文を用意してあるのは、要するに現象面、行動とかから見ると、もうたいへんな子だってたくさんいるんですよ。問題児みたいなことがたくさんあったりして。私の本を贈るので、もう中学3年生になっている子に電話したら、お母さんが「うちの子は今バイク無免許運転で、頭は黄色で、学校が来ちゃダメだって言うんです」という話。本当はそういう子は学校に来なけりゃダメですよね。学校にいれば、何かができて、その子との気持ちが通い合えば、子どもは自分から立っていくわけですよね。そういうのをうんと目にしていて残念です。 だから、私がずうっと覗きたかった、知りたかったのは子どもの本当の実像なんですよ。見た目とか、乱暴な言葉とか、あるいは優しくても乱暴に聞こえる言葉とか、いろいろ言うんですけど、その裏にある、本当の、本当のところの心の部分というか、本音の部分というか、そこが、ほんとうに良かったんです。
「こはるで よかった」
来春ちゃんがこの作文をまさか書くとは思わなかったんですよね。嬉しかったんで、すぐ学級通信で出しました。来春ちゃんのお父さんも何度もじっくり読んでくれました。読んでみます。これ3月1日ですね。
こはるで よかった
えど こはる
こはるでよかった。
まま ぱぱ こまち やさしい。
みんなだいすき。
先生も、いいづかせんせいでよかった。
二年生になったら、どうなるだろう。
いい人がいっぱいで、よかった。
ここに、いて、いいきもちがする。
こういう作文でびっくりしたんですよ。 私は作文のあとに、どう自分が受けとめたか、どういうふうに読んだかを返しているのです。ここが自分でいちばん大事にしているところで、自分のエネルギーの全部を費やしているかも知れないところです。返したときに、その子が気持ちよくなってもっと自分から何かをし始めるか、あるいは逆に私が返したことで、シュンとしちゃって、もう二度と先生には教えたくないとか。自分が、ずうっとできないけどやろうとしてきたことは、そうすると子どもがいい顔になったり、またなにかあったら絶対先生に教えてやるんだってなったり、そういうことをずっと考え続けていました。 で、こう書きました。
「こはるで よかった」というだいをよんでびっくりしたよ。
みんなが こはるちゃんのようにいえたら どんなにかしあわせだろうね。こはるちゃんのようにいえないから みんななやんだりするんだよ。こはるちゃん、いまがいちばんいいし、しあわせなんだね。
みんなまで、だいすきになってしまったんだね。
いいづかせんせいでよかったなんていってくれて、せんせいはとってもうれしくなって、この さくぶんをなんかいよんだかわからないよ。
1の2にいて、いいきもちがするんだね。
そのままでいい…なんて
お母さんが、来春ちゃんのことをたくさん書いてくれました。4月の入学式の次の日にSさんが、自分の娘さんの悩みを書いてくれました。匿名の「○○ちゃん」で通信に出させてもらったんです。それがものすごく良くって、読んだら、自分の娘とうんと共通するものがあるということで、江戸さんも書いてくれました。そこが始まりでずうっと書いてくれていたのですが、「学級通信には取り上げないでください」って言っていました。
お父さんが、この「こはるで よかった」を黙って、何度も読んで、それまではまだ来春がどうなるか分からないうちに、これが公になったら心配だと言っていたのですが、この「こはるで よかった」をお父さんが読んだら、「おまえ、これ出してもらいな」って、お母さんに言ってくれて、記録がずっと残っていたんです。私はすごく感動したし、すごいな、江戸さんすごいなって思いました。
(この後、飯塚先生のお友だち=ドラエモンのことから始まって、けいた君の作文、ゆうたろう君の長縄跳び、まいちゃんの弟、たくや君の死体ごっこ、れん君のママとゲーム、あやなちゃんやまいこちゃんが書いた飯塚先生のことなど、子どもたちが目の前にいるような面白いお話が次々と出てきました。)
江戸さんがこんな文章を連絡帳に書いてくれました。
(江戸さんのお便りは、「登校するうしろ姿に涙がでそうなこと。生まれた時から体が弱くたくさん病気をしたこと。誰にも心を開けなかった幼稚園のころ。妹の誕生で赤ちゃん返りのこと。自分のしたことが正しかったのかという不安」、などなどのあとに…)
そして 入学式後の教室での先生のお話には感動して涙がこぼれそうでした。そのままでいい…なんて。
わかっていても なかなかそう思えない私です。
幼稚園でも どうして来春だけできないのか…の連続でした。いつも他の子と心の中でくらべていたのです。
先生が例にあげていた発言をできない、人見知りな、はずかしがりやの子が来春とだぶりました。先生の「そのままでいい」のひとことは、新一年生として入学式をむかえてあせっていた私の心がはっとほっとした瞬間でした。 … 以下 省略 …
それぞれの子がケースは違うにしても、いろいろな歴史っていうか、喜怒哀楽があって、来春ちゃんはうんとたいへんで、お母さんも自分を責めたりっていうのがあって、そういう中でみんな来てるんだなと、うんと感じることができます。
「学校の全部がきらい」
ただ、その後、6月のお便りが来るまで私は、教室ではひとつも手がかからなかったので、来春ちゃんの黄色信号・赤信号を全然キャッチできなかったんです。
6月14日(日)
(「学校行きたくない」「学校の全部がきらい」「給食がイヤ」などが毎日きこえるようになったことを書いた後)
毎朝5時に自然に目がさめる来春。おきるととにかく私も一緒に行動させないと気がすまなくて、少しでも私が布団でグズグズしているとあばれて泣いて手がつけられません。 … … トイレ、洗顔、着替えをすませます。そして 時計のみえる位置に行ってイライラして歩きまわっています。
「早くごはん作ってよ まだ?もう○○分だよ。」
と おこりだします。
一生懸命作っている私に対して こんな言葉を強く言うので私もイライラしてしまいます。
食事をすませてから歯みがき、トイレをすませて 班の集合時間の45分も前から帽子をかぶって 時計とにらめっこ。
… 以下 省略 …
これにはびっくりして、お便りの返事ではダメなので、お母さんとお会いしました。私はお母さんの悩み・心配を「不登校になってしまうのではないか」「毎晩、夜中に起き、夜泣き、自分や壁をたたく。ものすごいひどい言葉を家族にあびせて、手がつけられない」の2つだと思いました。それに一番心配したのはお母さんのことです。自分を責めている。だけどよーく考えてみると、学校でなんの心配もないように見えたくらい、お母さんは来春ちゃんを育てていた。ほんとに愛情をかけて、いい子になって欲しくて、心から、何年もかけて立派に育ててきた。これは紛れもない事実だ。それで私はとっさに言ってしまったんです、「来春ちゃんは絶対に不登校にはならないから今日からその心配はしないでください。36年間教師をしてきたけど、子どもを見る目はあるつもりです。私に全部任せてください。」
お母さんにお願いしたことは2つ。命やひどいけがの心配がないかぎり、夜中に起きたら20分ぐらいほっておいて来春ちゃんの好きなようにさせておく。この方法はやってみたんですが成功しなかったんですが。それから、来春ちゃんの言うことをできるだけ聞き、お母さんのできることは全部し続けてきたのだから、もうこれ以上はできないっていうこともはっきり伝えてくださいと言いました。来春ちゃんを本当に理解し、受けとめる、受け入れるということは、現状に甘んじている、なんでも、それをいいよ、いいよって言ってることじゃなくて、来春ちゃんをどこまでも信じて、お母さんの本音をぶつける、そういう激しい行為であってもいいっていうふうに思ったんです。これは深く関わってきたお母さんにしかできないことだ。そして私も来春ちゃんに「先生、今まで全然、ほんとによく見てやんなくってごめんね」なんて話もして、もうとにかく来春ちゃんは大丈夫だから・・・・っていう話をいっぱいして、もう抱きしめたり、本当にあの子は大丈夫だ、本当に愛おしいなって思いましたね。
(この後、3月1日のあの作文ができるまでのお母さんと来春ちゃんの8ヶ月の姿が、とっても素敵な作文やお便りで紹介されました。飯塚先生のお話を冊子にまとめたいと思います。)
(文責:加藤 彰男)
《学習交流会の感想》
飯塚先生のお話の後、参加者に感想を書いていただきました。その中から3つを紹介します。
Y. さん
今日は、とても良い場に参加することができました。
心をまっすぐに受けとめること、
ありのままでいいんだよ・・・心を大切にシグナルを受けとめる、
母と子、世代はちがっても ずーっと続いていく心とのコミュニケーション、
0歳から 始まっているような気がしている、
心のとびらを開くのに勇気が必要なんだね。
K. さん
机の配置で距離があったためか、少し話しづらい気がしました。
資料でいただいた、こはるちゃん、お母さん、先生のやりとりがとてもあたたかく、 事前にいただいて読ませてもらったとき、何度も、何度も、涙がほおを伝いました。
感動で 止められないのです。
もっといろいろお聞きしたかったです。 作文を読むと情景が浮かんでくる、 とてもほほえましいもので、ぜひ、この場面を、このお話を、絵本にと思いました。
たくさんの方の目に触れて欲しいと願っています。
I. さん
飯塚先生の、子どもたちや親の心に寄り添い、導いていく姿に感動しています。
子どもたちのありのままの姿を受けとめて、「あなたは あなたのままで いいんだよ。」と言ってあげられる心の広さ、心のゆとり。
私には、それが欠けていたと思います。
自分の子どもが、中二の終わりから不登校になり、もがき苦しむ声を十分に聞いてやれなかった。もっと以前から悲鳴をあげていたはずなのに、気づいてやれなかった。 親が子育てに不安を感じた時、どうしたらいいのかと迷った時、誰に、どこに、相談したらいいのか。
担任の先生、相談室のカウンセラー、医療機関、児童相談所、などに足を運び、相談に乗ってもらった。でも、これが正解という答えを教えてもらえることはなく、悩みながらの毎日が続きました。
本人の「こうしたい」という願いも、学校の厚い壁に阻まれてしまいました。
特に、「他の生徒にしめしがつかないから」、「他の生徒に悪影響があるから」という理由で本人の希望を学校側に拒否された時は、学校への信頼が一気に消え失せてしまいました。
高校も不登校が続き、1年半で中退した後から、ゆっくりな歩みではあるが、自分で決めた道を自分の足で歩き始めた息子に、不登校だった頃の心の内を聞いたことはまだありません。
今は、一歩一歩と足を踏み出していく息子を静かに見守り、心の中で応援している毎日です。
かけがえのない いのち、人権、自由を子どもに
群馬子どもの権利委員会