パートナー通信 No.44

「待機児解消」の名を借りた、子どもの権利剥奪 
同じ園に通っていても「保育時間」がバラバラ?阿比留とき子

 今、政府が「子ども・子育て新システム」・「幼保一体化」と称して保育制度改革を進めようとしていますが、保育関係者の多くが大きな危機感を持ってこれに反対を表明しています。何が問題点なのかを、改めて群馬保育センターの阿比留とき子さんにまとめていただきました。(編集部)

「保活」「育メン」という言葉、ご存知?

 「保活」とは保育所に子どもを入れるために活動する親達で、待機児の多い都市部では保育所の入所の為に夜中から並んで順番待ちをするほど深刻な状況です。
 「育メン」は育児をするお父さん。男性の子育てへの参加は流行語が生まれてもまだまだ低く、母親の育児への負担感は解消されません。
 少子高齢化の時代ですが保育園を希望する親は増え続け待機児問題が社会問題になっています。
 政府は「子ども・子育て新システム」・「幼保一体化」として保育制度改革を実施し解決しようとしていますが、保育関係者の多くが、待機児解消の名を借りて、国に守られて発展してきた保育制度を根底から崩すものである、と危機感を持って反対をしています。

「子ども・子育て新システム」とは?

 この制度は旧政権のもとで進められてきた「新たな保育の仕組み」をベースに「子ども・子育て新システム検討会議」で作られたものです。モデルは介護保険や障害者自立支援法です。
 子どもの保育を受ける権利として法的に明記されている現行の児童福祉法24条にある市町村の責任について「義務」から新システムでは「責務」へと変わります。市町村の保育実施責任をなくし直接契約、直接補助、応益負担が原則になります。さらに「幼保一体化」を加えた事で、現場ではますます混乱が起きています。
 「新システム」は2011年に法案を提出し、2013年度から本格実施するという方向を出しており、全国の自治体、保育団体から続々と反対の意見があがっています。

☆幼稚園・保育所は「こども園」になる

 保育所は「児童福祉法」、幼稚園は「学校教育法」の管轄ですが、「新システム」が進めている「幼保一体化」の案では、保育園も幼稚園もなくし、すべて「こども園」として新たな法律に位置づけられる予定です(ただし10年間の経過措置を検討)。
 指定基準を満たしていれば営利法人も事業者として参入できる指定制度が導入される。学校法人、社会福祉法人、株式会社、NP0、など多様な事業主体が可能となります。
 企業参入を促すために基準の緩和が進み、庭がなくてもビルの一角でも同じ「こども園」という扱いになります。すでに学習塾や育児用品の会社(ベネッセ、ピジョン、アート引っ越しセンター等多数の企業)が保育所を経営し全国展開を始めています。

☆「待機児解消」というけれど

 待機児童の8割は3歳未満児ですが、「新システム」では未満児は「子ども園」ではなく主に「家庭的保育事業」などの「小規模保育サービス」でという事が予測されます。
 現在は単価が安く担い手が不足し広がっていないため、企業参入を促すために保育士資格要件をなくしてしまうなどの規制緩和がなされようとしています。

☆私たちは何を心配しているか?

①子どもたちに起きる事

 介護保険と同じ仕組みになるので「保育の必要度」によって補助金が出る保育時間が決まります。今は、開所時間内であれば朝から夕方まで友達と過ごせますが、保育の必要度によって4時間、6時間、8時間という具合に時間で分けられるので、午前で給食を食べないで帰る子、昼寝をして3時までの子、おやつを食べて6時過ぎまでいる子等、子どもの保育園での生活は保育の必要度によって違ってきます。「夕方まで友達と遊びたいからもっと保育園にいたい。」「給食やおやつを食べる。」と子どもの要求に応えるとなると親が別料金を支払う事になります。

②保育園の運営ができるか

 今は、運営費として1カ月ごとに申請し子ども一人につき○○円として補助金が来ていますが、独立採算制となるので子どもが休んだり、給食を食べなかったりすると申請できず収入減になります。今まで出ていた施設整備や修繕の補助金も自園の努力で、となってきます。
 予測では、現在の収入の3割減と言われています。保育所の予算は人件費が主なので正規保育士を少なくする、幼児教室の様な習い事をいれて収入を増やすなど経営努力をしないと廃園に追い込まれる事になります。

③保育士にとって

 子どもの育ちが心配だけでなく親も支える仕事を懸命にしている保育所で働く職員にとってこの制度が進められると、時間で保育が分断される事をどうつないで一日の流れを作るか?今日は誰が何時に帰ったかなど、混乱と雑務が増える事が予想されます。パートの職員が増え一人一人の正規の仕事、責任が増えます。低賃金と労働強化が強いられることになり、保育の質の低下が心配されています。
④親にとってこの制度は
 毎月の親の支払う額が増えるでしょう。
 帰る時間がばらばらで保護者同士のつながりが維持できるか心配です。夕方仕事を終えて迎えに来た保護者同士のおしゃべりが親同士をつなぐ大切な時間になっています。ときには保育士とじっくり子どもの事を話し相談できる「帰る場所」でもあります。このような園の大切な役割が変わってしまう事を危惧しています。

国の責任で保育制度を拡充してこそ

 運営費として保障されていた保育園の経営は、介護保険の様に独立採算性の事業体となり効率化とコスト削減に追われ、良心的な施設は閉鎖に追い込まれることになるでしょう。
 保育所を市場化する事での経済効果を期待しているこの「新システム」で本当に待機児を解消でき、少子化を止め安心して子育てできるとはとうてい考えられません。経済優先の保育改革には私達が最も大切にしている「子どもの権利保障」という観点が欠落しています。憲法25条、児童福祉法24条にもとづく現在の保育制度の拡充こそ子どもの権利、保護者や保育労働者の人間らしく働く事を保障するものであると考えています。
 群馬保育センターでは「新システム」の導入に反対の署名をして広く知らせ、国会に届ける活動をしてきました。現在は新聞広告に「賛同アピール」をのせるための活動をしています。関係者だけでなく広範な人々に伝え広げていきたいと思います。

 群馬保育センターでは今年8月6日、7日、8日の3日間「第43回全国保育団体合同研究集会」を群馬で開催する事になりました。8000人~10000人の規模で群馬アリーナを全体会に、いくつかの大学を「分科会会場」に決め実行委員会を結成し準備を始めています。
 大会の成功は群馬の子どもの豊かな育ちを願う人のつながりや、子どもの権利保障の高まりになるだけでなく「新システム」を止める動きにもつながります。「子どもの権利委員会」に加盟している皆さんにも是非実行委員会に参加協力をお願いします。
 保育園は、保護者と共同の立場で子どもを中心に考え、一人一人の成長を夢中で語り喜び学び合う大人達がいて、暗くなるまで園庭で仲間と遊び、迎えが来ると帰りたくないとごねるほど楽しくて仕方がない子ども達の暮らしがあるところです。どんなに経済が大変でもそこだけは変えてはいけないそれだけは守りたいとみんなで頑張っています。経済優先で進めるのではなく、子どもの立場を優先して時間をかけて子ども達の明日を皆で創っていきたいと思います。


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